TOKIO HAT HISTORY

Concept of TOKIO HAT

永続的なブランドの発展と商品に対する信頼性のあくなき追及。

時代性を付与したデザインポリシー。

 

HI-QUALITY 素材・仕様すべてにおいて高品質な物づくり
BASICコンサバティブをベースに時代感覚を捕らえた
デザインポリシー
DESIGNSIMPLE&CHICを基調に、洗練された男のこだわり
VALUE高品質・高付加価値商品による高級ゾーンの展開

 

日本の帽子の歴史は TOKIO HATからはじまった


 

日本で最初の製帽会社

1889年(明治22年)渋沢栄一翁の肝煎りで日本初の製帽工場(日本製帽会社)が東京府小石川村氷川下(現在の文京区氷川下)に誕生しました。


 

1892年(明治25年)、渋沢栄一翁は日本製帽会杜を解散し、 益田克徳や馬越恭平らと共に、資本金36,000円の出資により東京帽子株式会杜を設立。

この東京帽子株式会社が日本の帽子文化の礎となり、発展の要となって、 一気に帽子文化が花開くのです。

 

卓越した技術

東京帽子株式会社は幾度と無く日本人技師を欧米に派遣。

技術の研鑽を積んだ結果、当時としては外国品と同等、或いはそれ以上の製品を造りだしたのです。

 

TOKIO HAT の流行

東京帽子株式会社発行 「帽子読本」

こうして東京帽子株式会社は「TOKIO HAT」の名で帽子を販売。

現在も、「TOKIO HAT」の文化と伝統は脈々と受け継いでいます。


伝統のブランド

昭和初期にはすでに使用されていた「鳳凰マーク」

「荘子」秋水篇に「非ざれば食わず、醴泉(甘い味のする泉の水)に非ざれば飲まず」との記述をモチーフに“鳳凰マーク”としました。現在でも、このマークは使用されています。


写真提供(※) : 渋沢史料館

協  力 : オーベクス株式会社

情報提供 : 渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター


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